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創業精神
エーザイ  マークのいわれ
「エーザイ」の社名
エーザイは、Eizaiではなく、Eisai

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 エーザイの誕生


写真1
桜ヶ岡研究所の模型

写真2
桜ヶ岡研究所の中庭

写真3
桜ヶ岡研究所の社章

写真4
日本初のビタミンE剤「ユベラ」
エーザイの歴史は、昭和11年(1936年)、創業者内藤豊次が田辺元三郎商店に在職のとき、合資会社桜ヶ岡研究所をつくったことから始まります。
豊次は、当時の日本の薬業界が主に外国品の輸入に頼っていることを憂い、日本でも新薬の研究開発に注力しなければならないと考えていました。その頃、田辺で発売した「一粒肝油ハリバ」がヒット商品となり、その製法の特許料をもとに研究所の設立を決心するに至りました。

「桜ヶ岡」の名称は、当時、豊次の住居が小石川区指ヶ谷町の高台、通称“桜ヶ岡”にあったことにちなんで命名されたものです。
桜ヶ岡研究所は、創立時の神田区神保の事務所から、やがて荒川区三河島に移転しました。そこで、日本で初めてのビタミンE剤「ユベラ」、女性の生理用品「さんぽん」「さんぷきん」などを世に出しましたが、昭和12年に始まった日中戦争の拡大に伴い、軍への納入品を手がけなければ、桜ヶ岡研究所の存続が危うくなってきました。
そこで、生き残るための軍需生産を行う姉妹会社として、昭和16年(1941年)12月6日、太平洋戦争開戦の2日前、埼玉県本庄町に「日本衛材株式会社」が設立されました。
これが、現在の「エーザイ株式会社」の前身です。

その後、昭和18年(1943年)、豊次は55歳を迎えるのを機に、田辺元三郎商店を退社し、桜ヶ岡研究所および日本衛材株式会社の経営に専念することになりました。
そして、昭和19年(1944年)12月26日、両社が対等合併して社名が「日本衛材株式会社」となり、豊次が社長に就き、本社を東京都小石川区竹早町88番地(現在の本社)に置きました。
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